帰路の途中、コンビニエンスストアが新規開店していました。
そして、なぜだかすごく混んでいたので、立ち寄ってみました。
しかし、そこは普通のコンビニエンスストアです。新規開店の目玉と商品もとくになく、いたって普通でした。
とりあえずなじみの商品を手に取り、混んでいるレジの列へと並んでみました。
そこでやっと、店内が混んでいる理由が分かったのです。
新規開店ということで、スタッフも新人である可能性は高いのですが、なんと3台のレジ全てにおいて新人、明らかにコンビニでの労働経験のない若者が行っていたのです。
新人が単独で作業をするのではなく、横にトレーナーらしき人が付き添って業務をしているとはいえ、レジにおけるOJTと言わざるをえない状況は、コンビニを混雑へと導くには十分らしいようでした。
他のコンビニでもレジに長蛇の列ができることはありますが、その長蛇の列と、今回の列の違いはなんと行っても進むスピードです。
コンビニエンスストアという場所において、我々消費者が期待する行動、体験というのは、平均的なコンビニエンスストアでの買い物における時間をイメージしたものとなっており、その時間の尺もとても短いものとなっています。時間の尺が短いからこそ、コンビニエンスストアのレジにおける10秒、20秒の差はとても長く感じるものとなります。
そのような感覚はインターネットサーフィン、ブラウジングにおける人間の行動にも見て取ることができます。
ブラウンジングの行為は、あるURLをクリックし、次のページが現れ、またURLをクリックして次のページが現れるということの繰り返しです。技術の発展により、昔はその1サイクルに10秒も、それ以上もかかっていたそれらの行動は、現代における人々の期待値は1秒近くになっているそうです。
常に進化を続けようとする人間の欲求と、それらを望む消費者に応えるために、技術は進歩し続けています。ブラウジングにおいては、ネット回線技術の向上により情報の伝達スピードが上がり、ブラウジングにおける作業スピードは格段に進歩を遂げました。一方で、ブラウジングを行うための必需品であるインターネットブラウザ自体を改良し、全ての情報を受け取る前から次のページを段階ごとに表示させることや、ブラウザのページが流動的に動くことで体感的な速度を上げるといった、回線速度の向上とは別の視点からの進歩も行われました。
このように人々は常に向上を求め続けていますが、それはいつになったら満足するのかということはとても興味深い議論です。
最近は電化製品売場へ足を運ばないので情報に乏しいですが、一昔前は、カメラにおいて画素数というのはめまぐるしく向上を続け、またその変化も認識しやすいものであったため、消費者はこぞって高画素のものを求めていました。携帯電話にカメラが付き始めた頃も、カメラの画素数はとても重要視されていました。
しかし最近では、画素数というのは判断軸としての価値を失っているように思います。それはある一定の基準を超えたからであるというとは容易に創造できますが、重要なことはその一定の基準というが何であるかということです。
1,000万画素を超えると人間には違いは分からないなどということを聞いたことがありますが、そのあたりが消費者が画素数に特別な意識をおかなくなる境界線なのではないかと思っています。
そのことについて、なぜかと問われれば、代表的な消費者モデルにおけるカメラの利用シーン、特に撮影された画像の用途を考慮し、人間における満足とは何かということを考えていくことになるでしょう。
少し話はそれましたが、コンビニの行列というところから進歩について考え、実際に消費者の欲求に従って進化を続けた製品を取り上げてみました。
この話で分かることの1つは、進化はいずれ目に見えないものとなり、とりわけ製品においてはその進化は魅力として捉えられなくなるということです。
例えるなら、レンズの画素数を向上させる行為はレールの上にのってひたすら前へと進むという状態です。始めのころはどんどん進んでいくのが分かり人々の興味を引くが、あまりにも遠くへいってしまうとその違いは進んでいても分からないものとなり、興味がなくなってしまうと言えます。
そのような状態においては、まったく別の視点からの進歩が必要となり、それがイノベーションと呼ばれるものです。レンズの素材をガラスではなく水から作り出すといったクリティカルシンキングと呼ばれるような思考で導かれるもの、そして驚きを与えることがイノベーションであり、先ほどの例になぞるのであれば、まったく新しいレールへと乗り換えることとなります。もちろん、そのレール自体を見ているのが飽きないほどのユニークなレールです。
そんなことを考えながらの、コンビニから家までの散歩道でした。